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書体への誘い 12 無劍<むけん>



別カット

無劍島黄楊斑入り柾盛り上げ駒
酔棋作(第144作)
須田氏所蔵


隷書と篆書のコラボレーション「無劍」

 私(酔棋)が制作した駒(2004年3月現在で約230組)の中でも、「無劍」は全部で3組しか制作していないから、比較的少ない書体であろう。ただし、その後、下記で紹介している影水作の「無劍」に字母紙を作り直して、「作品ライブラリー・無劍(第245作)」をはじめ書き駒で2組作っている。
 上写真のこの「無劍」は、斑入り柾というそれほど派手ではない駒木地でも、個性的な駒字だからか、かなりあでやかに見える。駒銘の「酔棋作」は、一種のレアものだ。といういのは、この駒銘を書いていただいたのは、「酔棋プロフィール・永島慎二駒語録」でも紹介している、漫画家の永島慎二氏だからだ。実際に駒にこの駒銘を使ったのは、永島氏の所蔵の駒以外では2、3組しかないはずである。
 表は大胆な隷書の太字で、裏が篆書というかなり変わり種の、コラボレーション書体といえよう。これと同じような構成の書体としては、他に別項の「制作駒ライブラリー・英朋(第208作)」がある。ただ、英朋の「と金」は通常のものとそう変わりはないが、「無劍」の「と金」は典型的な篆書の味わいを醸している。この「無劍」の「と金」を、「人がバンザイしているように見える」と永島氏は独特の表現をしていた。
 上写真の「無劍」を作るときにもとにしたのは、龍山作や静山作のものであった。ところが私の知り合いの駒収集家が、数年前に影水作の「無劍」(下写真「玉・歩・と金」)を手に入れた。その「と金」を見ると、赤丸()の箇所によけいなものがついていた。最初は汚れか何かの間違いかと思ったが、すべての「と金」が同じであったのでそういうわけではなかった。
 永島氏は、この「と金」を見て、今度は「人が武器を持っている」と、これまた漫画家らしいおもしろい表現をした。そう思って改めてこの書体を見てみると、さらに風変わりな影水作の「無劍」を、私も作ってみたくなったのである。

影水作の「無劍」。玉将と歩兵はそう変わりはないが、と金はかなり個性的。


■「無劍」の由来

 明治・大正・昭和期の政治家・実業家で、子爵でもあった渡辺千冬(1876〜1940年)がこの独特の書「無劍」の主である。
 長野県出身の渡辺千冬は、日本製鉄所・北海道炭礦汽船各取締役、ついで日仏銀行専務取締役兼東京支店長に就任をはじめ数々の重職に就いた。また、政治家になってからは、浜口雄幸・若槻礼次郎の各内閣で法相を務めた。
 はっきりしたことはわからないが、同時代に活躍した駒師・豊島龍山の「字母長帖」(下参照)に、その署名が「前司法大臣 渡辺千冬 号無劍」と残されているところから、「無劍」とは渡辺千冬の書の号だったのだろうか? 表は政治家らしく豪快な太字の隷書で、裏はやや小さくまとまった篆書。この風変わりな二面性も、この書の主が元来政治家であったことを考えると、何となく理解できてくる。
 ちなみに、私がこれまでに見てきた実物の「無劍」の駒で、最も魅かれたのはプロ棋士・田中寅彦九段所蔵のものであった。惜しむらくはその駒は、駒銘(作者名のみ)の漆が飛んだものなのか、作者がわからなかった。ただ、駒字そのものから推測すると、龍山作か静山作のどちらかだと思えた。

豊島龍山の字母帖の「無劍」。右下に署名がある。

 

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駒の詩