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書体への誘い 1 錦旗<きんき>


別カット


錦旗書島黄楊虎斑盛り上げ駒
酔棋作(第172作)
常世隆氏所蔵/撮影・河井邦彦

すべて「錦旗」という書体名で呼ばれている、別の駒銘の「玉将」だ。
錦旗で始まり錦旗で終わる 

 駒の収集家やアマチュアの駒師たちの間で、「錦旗で始まり錦旗で終わる」といわれるぐらい、数あるなかで最も親しまれている書体のひとつだ。ただし、古来から現在まで伝わる「錦旗」にも、右の写真(7種類)のように同書体でも作者によってかなり異なっている。
 それぞれに逸話もあるが、ここでは最も一般的な「錦旗」の由来について、以下に紹介する。

■「錦旗」の由来

 江戸時代、お城将棋などで知られる将棋三家(大橋本家、大橋分家、伊藤家)は、現在でいうところの将棋プロ集団でもある。その三家の一つ、大橋本家に伝わる後水尾天皇の銘を近代将棋駒の祖・豊島龍山が筆写したのが、現在流布している「錦旗」の始まりとされる。龍山は天皇の名を駒に記すことをはばかり、幕末の「錦の御旗」にヒントを得て「錦旗」と命名した。
 下記の駒の書体(字母紙)が、実際に龍山が残した『豊島字母帳』の「錦旗」である。版木を和紙に刷ったものである。
 また、龍山と同時代に活躍した駒師・奥野一香は、「昇龍」というまったく別の書体を「錦旗」(俗に奥野錦旗)として売り出した。龍山以降の昭和初期から現在までの後生の駒師は、だいたいが龍山の「錦旗」をもとに改良して自らの書体としたと考えられる。要するに駒師の数だけ、いろいろな「錦旗」が存在するともいえる。
 ちなみに私が作った「錦旗」は、夭逝した天才駒師・宮松影水のものをもとにしている。

『豊島字母帳』の「錦旗」。


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