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書体への誘い 22 芳雨<ほうう>


別カット

芳雨書島黄楊斑入り柾書き駒
酔棋作(第383作)
橋浦洋一氏所蔵

初めて「芳雨」を作る

「玉将」と「王将」の入りなどの漆がやや茶色味を帯びている。
流れるような筆致の「歩兵」と「と金」。

 私(酔棋)としては、今回の「芳雨」は初めて作る書体だ。私が制作した駒を、すでに数組所蔵されている駒収集家の依頼により、酔棋流の書き駒(▼別項参照)でこの書体を作ることになった。
 依頼者は、まずは下に掲載した駒木地(島黄楊斑入り柾)をご覧になって、「これで何か作ってほしい」というのが始まりであった。この駒木地は「『駒の詩』情報室」の「酔棋制作駒・駒木地リスト」(▼別項参照)に掲載していたものだ。私の駒をはじめ、全部を含めるとかなりの数を所蔵しているので、たいていの書体はすでに手元にあるとのことである。俗にクラッシクウエーブと称される4書体(「錦旗」「水無瀬」「巻菱湖」「源兵衛清安」)を集めてから、やや変則的な「長録」などに手をそめるのが、よく見かける収集家にありがちな駒集めの変遷だ。そこで、私が「これは少し小ぶりな駒木地なので、『長録』なんかがいいんじゃないかな」とおすすめした。ところが、どうしても「長録」はお気に召めさないという。
 しばらく『酔棋字母帳』(現在約80種)を眺め、考えに考えてそこから選んだのが「芳雨」というわけだ。かなり前に「芳雨」の字母紙を作り直しておいたが、実際に駒を作るのは初めてだった。やや小ぶりな駒木地であったので、実際の字母紙より少し小さく(95%)して作った。
 漆も通常の呂色ではなく、最近またよく使い出した「朱合+呂色」漆のブレンドにした。左の「玉将・王将」のアップの写真をよくご覧いただくと、駒字の端などがやや茶色味を帯びているのがわかっていただけるだろう。「斑入り柾」の駒木地には、依頼者も「漆もぴったり合っていい感じに仕上がった」と言っていただいた。作り手としては、そう言っていただけるのは、とても励みにもなるしうれしい瞬間でもある。  

「島黄楊斑入り柾」の駒木地。

 

■「芳雨」の由来

芳雨書島黄楊虎斑盛り上げ駒・美水作
(宮松登美氏所蔵)

  この書体の主、美水作(宮松登美さんの号)の「芳雨」である。全体としての印象としては、流麗な筆致でやさしい感じをイメージさせる。
 駒木地もやや個性的で、この書体にマッチしている。 


自らしたためた写経を背に宮松登美(美水)さん。

 「芳雨」については、「名工の轍・宮松影水」(▼別項参照)のところにも、すぐ上の美水作の駒も掲載し、少しだけふれているので、あわせてご覧いただきたい。
 一言でいうと、「芳雨」とは宮松影水(幹太郎)の奥様、登美さん(左写真参照)の「書の号」なのである。今から20年ほど前に、「将棋駒研究会」会長・北田義之さんが登美さんから書の手ほどきを受けていたことがあった。そこで、書に堪能な登美さんの字を駒の書体にすることを思いつき、登美さんに源字を書いてもらい現在のような書体が完成したのである。
 その書体が北田さんのところにあったものを、私(酔棋)が大きさなど少し手を加えてデータにし、『酔棋字母帳』に収載したのである。この「芳雨」の全体的な印象として、少しうがちすぎかもしれないが影水が得意にしていた「巻菱湖」にやや似た感じを受けるのは、私だけではないのかもしれない。
 下の写真は、2000年くらいに宮松家に北田さんと私とで訪問し、奥様ともども散歩し、昼食をともにしたときに撮ったものである。かなり前だから、私はもちろんのこと、みなさんまだまだ若かった(笑い)。

 

左・北田さん、右・登美さん。 右・私(酔棋)。

 

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