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俊歩禎好島黄楊柾目彫り駒
第375作(石井良明氏
所蔵)


別カット

『萬覚え帳』からの抜粋。
「王将」と「玉将」。上の抜粋の書体には「玉将」はない。

 同じ「作品ライブラリー」に掲載している「俊歩禎好島黄楊柾目盛り上げ駒(第213作)」(▼別項参照)以来、本当に久しぶりに酔棋オリジナル書体の一つ「俊歩禎好」(2001年制作)を作った。その駒は盛り上げ駒だが、今回は彫り駒。裏が筋彫り仕立てというのは、印刀も細いものに替えて彫るので、結構面倒でもある。そのため、作り手が嫌がるということもよく聞くが、私としてはそれほど嫌っているわけではない。
  「俊歩禎好」とは阪田三吉贈名人・王将の弟子・高濱禎(「書体への誘い・巻菱湖」▼別項参照)が『萬覚え帳』に書き残した書体(左写真)を基にしている。高濱禎は駒にも造詣が深く、駒の注文書やリストなど、駒に関することが書かれていたものが『萬覚え帳』なのである。ちなみに「俊歩禎」とは、高濱禎の俳号なのである。そこからこの書体を「俊歩禎好」と、私(酔棋)が命名したものだ。
 先の残された書体から、「将棋駒研究会」の北田義之会長が字母紙を起こし、それを私が一部作り直し字母紙にして、2001年6月に『酔棋字母帳』に加えたのである。左写真の「王将と玉将」をご覧いただきたい。残された書体には「王将」はあるが、「玉将」はなかった。そこで、「書体への誘い・阪田好」(▼別項参照)の「玉将」を参考に、同じような感じにした。
  抜粋の書体の真ん中をご覧いただきたい。そこには、「大正八年(1919年)二月俊歩禎選駒草稿」と書かれていることから、この書体はその年に草稿されたことが明らかである。かつて私は、「阪田好」はこの書体を基に作られたものではないかと考えていたのだが、「阪田好」が作られたのが大正6年(1917年)であることから、もしかするとそれは逆で、高濱禎が「阪田好」に影響されて考案したものかもしれない。 

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駒の詩