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大山名人書島黄楊根杢書き駒・ミニ盤駒セット
第485
(佐藤天彦氏所蔵)


別カット

「王将と2枚の玉将」のアップ。根杢の具合がよくわかる。

「玉将・歩兵」のアップ。「玉将」の漆の盛りは「大山名人書」らしい。 盤・駒・駒台などすべて収納されているA4サイズのパソコンバッグ。

左は佐藤九段(上手)VS右は増山アマ四段(下手)の「飛車落ち戦」。



 この駒の依頼者は、みなさんによく知られているプロ棋士・佐藤天彦九段だ。私(酔棋)と佐藤九段が知り合い、ほどよいつきあいをするようになったのは、思い返せば2017年5月のことだった。当時の日本将棋連盟職員・K氏が、拙宅に佐藤名人(当時)を連れていらっしゃった。名人戦の第1局に使われ、俗に言われる「関東の名人駒」(「名工の轍・奥野一香」▼別項参照)を実際に対局で使われたとき、佐藤名人は名工の作った古い駒に憧れを抱いたという。
 また、奨励会に入る前の少年期に、母親に『駒のささやき』(▼別項参照)買ってもらうくらいの駒好きでもあった。現在の佐藤九段はモーツァルトをはじめとするクラシックに造詣が深く、芸術がお好きなようだ。その心は、子供時代にも培われていたみたいで、将棋を指す以外にも、少年期に駒に興味をもっていたという。そのベクトルが、名人位に就いてひと時経ち、奥野作や影水作(「名工の轍・宮松影水」▼別項参照)の名工作の駒に惹かれていたという。そこで、最初に書いたように駒の知識を広めたく、また実際に影水作の駒を手に入れたく、拙宅に訪れたのである。
 以降の私と佐藤九段の交流は、「書体への誘い・天彦書」(▼別項参照)でも触れたとおり、年に二、三度一緒に駒仲間と食事会をしたり、影水作の購入につきあったり、駒談議を銘駒収集家の松枝氏や駒師・須藤氏(号・思眞)とともに素敵な時間を過ごすことができた。なかでも「天彦書プロジエクト」も楽しかったし、先日開催した「酔棋駒友将棋大会」では、揮毫扇子や色紙の賞品提供の他、参加者の指導将棋も佐藤九段にしていただいた。
 その「将棋大会」で各クラスの優勝賞品に使ったのが、同じ「作品ライブラリー・錦旗(第481作)/長録(第482作)」だった。それらを佐藤九段にお見せしたところ、興味をもっていただいたので、ここで紹介している「大山名人書島黄楊根杢書き駒ミニセット(第485作)」を新たに作ることになったのである。佐藤九段は書体選びに少し悩んだが、佐藤九段の大師匠にあたる「大山康晴十五世名人」由来の書体に決めた。昨年のA級での大山名人を彷彿とさせる振り飛車を駆使した戦いは、挑戦者決定戦は惜しくも敗れたものの、あと一歩であった。今年の活躍も、遠くから祈念している。
 この「大山名人書」が完成したとき、いつもの魂入れの儀式として、「飛車落ち」を一局指していただいた。ただし今回は、あえて指し掛けの局面(下写真右参照)で終えることにした。続きは、私が別世界で指すことにする。
 最後になったが、私自身透析生活が7年以上となり、近いうちに透析を止めることを決めている。だからこの『駒の詩』ももうじき閉鎖することを考え、この作品が掲載作の最後になると思う。同じ「作品ライブラリー・龍山安清(第195作)」(▼別項参照)の私の愛用駒は、上に書いたように年齢が離れた駒友として過ごしご縁があった佐藤九段に、形見分けとして使っていただくことにした。
 HP『駒の詩』は2001年開設だったから、25年以上にわたって続けてきた『駒の詩』をご覧いただいるみなさんに、本当に感謝して筆をおくことにする。

上手の▽9四歩で駒組みが整った。 
▼局面拡大
左の局面から数手進み、下手▲6六歩と
桂を支えたところ。 ▼局面拡大

※もっと大きな写真を見たい場合は、「フォトライブラリー」(▼参照)で、「ミニ盤駒セット書き駒」・485」を探してください。

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駒の詩